つらさを救うのは「ねぎらい」

誰でも人生はつらいのだけれど
それが救われるときもあります。
目標をクリアしたときの達成感が一つ。
そのほかに、
他者からのねぎらいというものが救いになると
わたしは思います。

つらさは、自分がつらいと思っているとき
それを認めてもらえないと、倍増します。
→つらいと思っているときに
 ◆「あんたなんか ましさ、わたしのほうが…。」
  と言われると、気持ちが萎みますよね。
 ◆「つらいんだったら、やらなくていいさ」と言われると
  突き放されたようで、悲しくなりますよね。
 ◆「つらいはずないさ、○○なんだから、あんたは幸せさ~」
  と言われたら、もはや最悪です。
でも
 ○つらかったね、と認められ、よく我慢したね、
  と認められると、つらさは軽減します。
  まだ頑張れる、また頑張ろう、だいじょうぶです、
  という気持ちに、わたしは、なれます。

皆さんはどうですか?

鬱病の二男の静養中、
ストレスを与えないようにして
ただ見守るしかないのだな、と思い、
言葉かけも極力控えて接していたのですが、
何がつらいのかはわからないままでいいから、
ねぎらいの言葉をかけてやっていれば
少しは救われたのかもしれません。

つらかったんだろうね。
よく我慢したね。いっぱいいっぱい、我慢したんだね。

今、鬱病でつらい人も
たくさんたくさん、我慢しているんですね。
我慢している、我慢している、いつも。すごく。
優しい人に我慢させてる理不尽な世の中の方を
早く治さないとといけないね。









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