鬱病回復期の自死

鬱病は、かかりはじめと回復期に、特に自死の危険が高まることは、ネットや文学作品を通して知っていました。でも受診していた医師から警告されたことはありません。回復期も過ぎたと油断していたら死なれてしまいました。「回復期」とはいつなのか。それが分かれば防ぎようもあったのにと悔やまれます。

自殺者が年間3万人を超える国なのに
症例研究はほとんど行われてこなかったようです。

どんな表情になり、どんな言動が出るようになったら
「回復期」で、自死の危険が高まるのか。
直前の行動だけでもサンプリングされてきていれば
傾向がわかり、対策もとれるはず。

わたしは、今後のために、おおまかな経過と直前の行動を
どこかに報告しようと思いました。
でも、受け付けてくれるところがありませんでした。

地域の自殺対策の窓口に症例調査をお願いしてもみました。
でも、
遺族に聞き取りをするのは心の傷をえぐることになるので
難しいそうです。
それぞれですから、なんともいえませんが。

なので、何かの参考になればと思い
おおまかですが、うちの症例を書き込んでおきます。


二男は、2010年10月から不調を自覚し
年末から2011年3月まで休学。
新潟県の実家で静養していました。
県内の精神科を受診し、レメロン就寝前1錠服用で、
順次回復が認められたため、3月末に
大学所在地のアパートに戻ったわけです。
戻った頃は、薬も半錠でよくなっていました。
6月、帰省。受診の際、薬は自己判断で飲んだり飲まなかったりでよいといわれました。
7月、夏休みで帰省。自然な笑顔も出るようになっていました。
8月、高校時代の友人と花火見物、友人宅に泊まってくるほど回復していました。
   花火のあと、大学所在地のアパートに戻りました。
9月、大きな地震のときなど、電話しましたが明るい声で元気でした。
10月、上旬に、薬がなくなるから近々帰ると言っていました。
   中旬、荷物を送ろうかといったら、出かけるから19日以降の着にしてといわれました。
   京都の友人を訪ねていたようです。
   このころ、以前からネット上での弟の動向を観察していた長男が、
   「あいつ、だいじょうぶだね、他人とも絡めるようになってきた」と安心していました。
   19日午前中に荷物を受け取っておらず、夕方電話したら出て、朝は用があって受け取れなかった、
   再配達を依頼して、今待っているところだと申しました。
   到着後、電話をくれました。わたしは、
   帰るのを待っている、疲れたら休むように、元気でね、などと話しました。
   うん、うん、と言っていました。疲れているようだな、と思いました。
   それが最後の会話です。
   PCの最終操作日をもとに、命日は10月21日ということになっています。
   
   学校でも、普通だったようです。その週末も、次の週も、友人と遊ぶ予定を入れていました。


確かに、回復していたと思います。動けるようになり、動きすぎて疲れが出て
感情のバランスが乱れてしまったのでしょう。

周囲も、本人も、安心するころ。ほっと息をつくころ。
それを狙って、鬼が来るのかもしれません。
油断大敵です。

以上の経過を、わたしは受診していた医療機関の医師宛にも書面にして送りました。
着いたとも何とも言ってきませんが。
症例研究、しないんでしょうか。
これまでに知人友人、何人も同じ病気で亡くしています。
30年前から、進歩していないんじゃ??


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