思い浮かぶということ

老父母も少しずつボケモン(呆けっとモンスター)に進化しつつある。
完全変態はまだまだ先のようだが
認知症の話題には私も敏感になってきた。

認知症の診断のために、質問形式のテストというものがあるらしい。今日は何日ですか、何曜日ですか、とか聞くようだ。質問内容はわかりきったことばかりだと思っていたら、「100から7ずつ、順に引き算してみてください」というのもある。やばい。私は、今でも(認知症ではないはずだが)これはできない。小学生の頃から計算は苦手だ。繰り上がり、繰り下がり、ごめんなさい。

来るべき(判定テストの)日のために
何年先かはわからないが
今から、
答えを表にでもして覚えておかなければ。

100-7=93
ええっと
93-7は、うううん、はちじゅう、、6?
……

そこまで考えたら
声がした。

10を引いて、3足せばいいんだよ。

亡くなった二男の口調である。
あの子は私に似ず計算が得意だった。

思いつく、とは
どういうことなのだろう。
人のアタマに、
思い浮かぶとは。

だから、「いる」ような気がするのだ。
二男は死んでいる。
そう、死んで、「いる」のだ。
たぶん。



余談:「にんちしょう」と打って変換すると、初め「認知賞」と出た。
 それになるのは、ある意味、めでたいことなのかもしれない。





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