一周忌を過ぎて 人生の意味

夜明けはどんどん遅くなり、日暮れはぐんぐん早まって
鬱病の人には厳しい季節になりました。

先月、二男の一周忌の法要を行いました。
法要、といっても、家族だけで、家の仏壇の前に集まり
ふだんの月命日のようにお寺のご住職からお経を読んでいただいただけですが。

それなりにお供え物を調えたり
焼香台を買いに行ったり
金封を揃えたり(お布施、御膳料、呼ばないけど親戚名義の志、など)
花を買ってきて飾ったり
当日の茶菓を準備したり
いろいろと忙しく過ごしました。

そのおかげで、しみじみと気が滅入っている暇がなく
周年忌というのはそのための文化の仕込みでも
あったのだなあと
改めてありがたく感じたりもしました。

亡くなって一年目が一周忌、
その次の年を三回忌と数えるそうです。
だから、また来年、法要を行います。
亡くなって二年目を「三回忌」と数えると
なんとなく年月がずいぶん過ぎたように錯覚できますね。
それも仕込みなのかな、などと思いました。

お寺の宗派は真宗大谷派です。
形式をうるさく言われない宗派だそうで
無知な私には本当にありがたい。

二男の命日が10月21日。
誕生日が11月3日なので
それも何となく救いでした。
亡くなっていてもやっぱり誕生日には
好物を買ってきて供えたりしますから
少し明るく過ごせます。

知人に10月末が出産予定日の方がいらして
先ごろ無事に男のお子さんをご出産になりました。
それが、なんと11月3日です。
その方にはうちの二男の誕生日と同じです、なんて口が裂けても
いいませんよ。気味が悪いでしょうからね。

でも
  (もしも、もしも、二男の誕生日にご出産なら奇遇だな、
  そうなったら二男が何かしたのだと思えて
  私はちょっと嬉しいだろうな)
   とひそかに考えていたのが本当になり。

びっくり。でも、やっぱり、です。
二男は、死んで、「いる」 んです。

――嫌う人はいるけれど、
   僕はからすが好きだよ、からすって意外にかわいいんだよ、
と、ときどき、言っていた二男。
からすにもかわいい声でなく子はいて
「かあ かあ」と聞こえると、心の中でついつい返事をしてしまいます……。
夜明け直後のごみ出しで、からすの姿が見えなくて
「あれ? きょうはいないのかな」なんてつぶやくと
あわてて一羽空を横切っていったり。

「いる」んだと思います。
あの日のことを悔やみながら。
見守っているんだと思います。

一年たちますが
泣かない日はありません。
私が泣くときはあの子もたぶん泣いています。


人はどうして生まれてくるんでしょう。
どうせ死ぬ命、なぜ生きなくちゃ??

生まれるのは、よりよい魂になるためです。
人生がつらいのは、魂を磨くため。

自分で放棄しては、いけないんです。

よい魂になって、何になる??
そう思うのは、現実の快楽しか見ていないとき。
自分のことしか考えていないとき。

キャパを広げて
他者を思える存在になったとき
幸福がどのようなものなのかが
わかるんじゃないでしょうか。

 
 形見とて 何か残さむ 春は花
   夏ほととぎす 秋はもみぢ葉    良寛
   (全国良寛会「口ずさむ 良寛の詩歌」より)












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この記事へのコメント

2012年11月13日 12:16
初めまして。
息子様がお亡くなりになり一周忌との事。
私の様な者が言うのも可笑しな事ですが、心よりお悔やみ申し上げます。
そして、先月法要を済まされたとの事ですが、息子様は喜んでいますよ。
これは私の思い考える事ですが、人が服を脱ぐのと同じで、息子様は人間の肉体という服を脱いだだけで、ようむ様と同じこの世で同じ食卓を囲み同じ場所に居るんですよ。
私の身内も香川県で浄土真宗大谷派のお寺をしています。確かに形式はうるさく言いませんが、仏は仏といった話し方をする事があります。そして私が、亡くなった仏は一年(仏としての儀式)を終えた後、あの世とこの世を行き来している事もある…と話すと、馬鹿にされます(笑)
ですが、悪い宗派ではありませんので許してあげて下さい。
そして、ようむ様の息子様と私の家内、同じ11月3日文化の日が誕生日。家内がブログを見つけ、これは偶然じゃない!と言い、コメントさせて頂きました。確かに辛く苦しく悲しいと思いますが、いつも一緒に居るんだ!と考え方を変えて下さい。そして、息子様の好きな物もお供え物と思わずに、「○○も食べなよ」っと、食卓にも出してあげて下さい。
そして、人はどうして…の続きの言葉、とても良いお話を聞かせて頂きました。
私の家内も、昨年父親を癌で亡くしました。
私の言ってる事で何か疑問がありましたら、またコメント頂けたら幸いです。
長文になり本当にすみません。
読んで頂き有難うございました。
ようむ
2012年11月13日 13:49
yaarさん、ありがとうございます!!
ありがたくてありがたくて……。涙、涙で読ませていただきました。「居る」ことに関しては、不思議な偶然があったりして、いるんだと強く思えるときもあるし、やっぱり、そんなのただの偶然で、「いる」なんて、ひとりよがりの幻想なのかな、と思ってしまうときもありまして。肯定していただき心を強く致しました。
奥様もお父様を亡くされお寂しいことでしょう。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。よろしくお伝えください。

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