齋藤孝「人はなぜ存在するのか」を読みました

2012年12月25日発行の齋藤孝「人はなぜ存在するのか」(実業之日本社)
発行日から拝察するに、近年の若い人たちの心について問題意識の高い齋藤先生が、生きづらさを感じている人たちになんとか幸せになってもらいたいという願いをこめ、クリスマスプレゼントということで出版なさったのかもしれません。
「人はなぜ存在するのか」、に対して
おしきせの答えで満足するのはむずかしいですよね。
この本は、いくつかのヒントをくれますが、
納得のいく答えは、結局は、
めいめいで、見つけなければならないようです。

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齋藤先生のご著書はどれも読みやすいのがありがたいですね。
そして、現状を何とかしよう! というお気持ちがまっすぐに伝わってきます。

この本は、帶に

人はいずれ死ぬ。が、「無」ではない!  とか
「無」の恐怖に、どう立ち向かうべきか?(←裏表紙側の帯の文言) 
とか あるため

これを読めば「無」の恐怖を克服できるのだな、という期待感を
持ってしまうのですが、それを期待すると、失望すると思います。

「無」や「死」については、結局は当然自然のことであり、受け入れるべきものだ、ということしかないので。

学術書、ですから、そうもっていくしかなかったのでしょう。

けれども
「無」や「死」は、特別のことでなく、自然なことだ、
だから恐怖の対象にならない、という理屈は、言い古された論法です。
理屈はもっともだけれども、それで恐怖が消えるわけではない。
恐怖は気持ちですからね。理屈はわかるけれども安心には転じない。

   ↓

「死」ってそんなに恐れなくていいんだな、と私が思うことができたのは
20代のときに、
「ユリイカ」だったか「エピステーメー」だったか忘れましたが
どちらかの雑誌の別冊で、「近代思想の100人」みたいな特集の
本があり、
そのどれかのページの脚注に載っていた、
だれか西欧の男性の哲学者の言葉に触れてからです。
「僕は、死ぬってことがそれほど怖くないんだ。
だって、昔から生まれた人は必ず死んでいるけれど
だれだってみんな、ちゃんと死んでいるんだからね」
 ――こんなに長くなかった気もしますが、趣旨はこんなものです。

「そっか」と思いました。そうだよね、みんな「ちゃんと死んでいる」。

内容としては、
「特別なことではない・自然なことである」だから、受け入れよう
というのと同じことなのでしょう。でも、
「みんな、ちゃんと死んでいる」という
言葉には、ものすごい安心感があると思います。

時期が来ればちゃんと死ねるんだから、
わざわざ自分で死ぬ必要はないな、
いつか必ず来るその瞬間まで精一杯生きていればいいな、
死ぬときはお金も洋服も持っていけないから
馬鹿みたいな贅沢を望んだって無駄だな。
持っていける可能性があるのは
ココロとか、たましいだけだから、それが
少しでもましなものになるように考えて生きよう。

この言葉のおかげで、こんなふうに、考えられるようになりました。

齋藤先生のご本からも、こういった安心感につながる言葉が
拾えるのかな、という期待で読み始めたのですが、
そこは残念でした。
でも、内面的なものを大切にしたほうがいいんだな、
という結論に向かうのは同じだと思います。

読み込むと、このご著書は、かなりのご労作だとわかります。
賢くて、真面目で、面白くて。
日本の将来や、人々の心を、明るい方向に向かわせたいという
著者の真剣なお気持ち、お人柄が、
最後までページをめくらせる、そんな本でした。

第1・2章に、世界の宗教と思想の概略がリストアップされています。
その方面の知識をざっくりと得たいときには
便利でしょう。

   民主主義の現代。その基たる「個人」になるためには
   自我をもたねばならないけれど、
   自我を持つことは、ときに生きつらさにつながります。
   そうなると、自我から解放されたくなるわけです。
   でも、自我を棄てっぱなしではまた生きられないのが現代なので
   恒常的にではなく、ときどき、自我を解放する工夫をすればいい。
    (解放のしかたは大別して二つ。
     他に自我を委ねるのと、何かに没頭するのと)
   あるいは、世界から自己存在の承認が得られるような工夫を
   するといい。
   解放したり、承認されたりすれば、生きづらさはかなり楽になる。

この本の第3章に書いてあることは、そういった工夫を見つけるのに
役立つと思います。
「20の方法」の中で大賛成なのは「04職人的な作業に没頭する」
「18寛容力を身につける」。
   (「20賞賛力を身につける」に関しては、賞賛の対象に「自然」も
   入れてほしかったな。
   レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」、
   本居宣長の「もののあはれ」です。
   京大系の考え方だから、東大出身の齋藤先生は
   お採りにならないのかしら。
   自然観照の感動は主客合一感をもたらし、
   自我の解放も承認も同時に行われて、
   おまけに被支配の危険性のない、
   とてもよい方法だと思うけど。)





















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