人は人を助けるために ――生きる意味 

老母が、朝のグチグチ話の中で、「もう何のために生きているんだかわからない」と言うので、仕方なく「それじゃーわたしのために生きて」などと殊勝なことを言ってしまいました。
心にもないことだったのに、どうして言っているんだろう、だってほかにどう言えばいいんだね、と思いながら廊下を歩いてきたら

   人は人のために生きているんですよ

という言葉が頭の中に流れこんできました。

   人は、人を助けるために。


「助けるために、生きている」。
そのために手があり、足があるんでしょう。
そして、手足が動かなくなっても、まだ
人は、人を、助けることができるんだろうと思います。

ほめることで。
ねぎらうことで。
ほほえむことで。
祈ることで。


「何のために生きているんだかわからない」と言ってしまうのは
たぶん、その人が
自分中心にものごとを見ているときですね。

誰だって人生はつらい。恵まれて見える人にも、
それぞれのつらさはあって。
だから、救われるべき部分はみんなにあるんです。
状況がその人にとって本当によりよいものになっていくために
してあげられることはあるか、あるなら何か。
しょっちゅうそんなことを考えていれば
「何のために生きているんだかわからない」という言葉を
口にしなくてもよくなるでしょう。


81歳になっても、生きている意味がわからない、という、
老母のそれは、哲学的な思いではなく
自分にとっていいことが何もないということなんでしょう。
それでも生きていたいから
「あなたは価値ある存在だ、死なないでほしい」と
人に言ってほしいんでしょう。


いいことがないと嘆くより
その歳になっても
まだできることがたくさんあるのを喜んで
日々機嫌よくしていてくださらないだろうか。

機嫌がいい。それだけでも、その人はそのとき、存在価値があります。

歳とった人は身体がきつくて、何かとつらいだろうけれど
機嫌よくしていてくれさえすれば、とりあえず
人をさいなむことがありません。






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