聞こえなくても あるものは在る

先月、故人となられた なだいなださん。亡くなる前、たまたま、なださんの文章で国語の問題を作っていました。エッセイでしたけどね。(「ふり返る勇気」筑摩書房)
その中に、こんな部分がありました。
スイーッチョという虫の声が聞こえなくなったから、お住まいの地域の開発の影響で、ウマオイがいなくなったんだと思っておいでだった。知人に話されたところ、「年をとると、ある周波数の音が聞こえなくなるんです。一番初めに聞こえなくなるのがスイーッチョという虫の音なんです」と返されたそうです。
その経験から、なださんは、「自分に聞こえないからといって、『ない』と思い込むのはよそう」と反省されておいででした。
好奇心に富み、行動力があり、勤勉で、
向上心を忘れないお人柄だなあと
感銘を受けながら問題を作りました。
ご冥福をお祈りします。

さて、先ほどのことです。
うちは中でつながっている二世帯住宅ですが
掃除機を持って老人居住区の掃除に行ったら、
「ああ、いたの。静かだからいないのかと思った」と老母が言うんですよ。
ワタシ、その20分前に、外から入って老人宅の玄関を掃いていたんですがね、気づかなかったようです。
老人エリアの室内掃除に行くまで、自分とこの家事で結構バタバタしていたんですけど。老母、ますます耳が遠くなったんでしょう。

聞こえないものは「いない」。
見えないものも「いない」。

自分を中心に物事を見ていると、
そうなってしまうんですね。

いたのになあ。
新聞とヤクルトを運んでおいたり、
カーテンを開けておいたり、
してあったでしょうに。
自分に見えない、聞こえないだけで
「いない」と決めつけるなんて失礼だ、
と腹立たしく思っていましたら

「僕だってそうだよ」
と声がしました(=という思念が流れ込んできました)

そうですか。
そうですね。
きっと、そうなんでしょうね。

見えなくても、いるんだね。


昨日、矢作直樹さんの「人間は死なない」(バジリコ株式会社)を読み、そこに、他人に憑依されて飛び降りてしまったけれど一命を取りとめた方の臨死体験が載っていて、「暗く冷たい海の底みたいなところ」で一人ずつそこに来た理由を聞かれていた、とあったので、二男もそんなところに行ったのかなあ、そしてどうしたんだろう、と心配して泣いてしまったから、思いを投げてくれたんでしょうか。

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この記事へのコメント

Kの母
2013年11月25日 13:10
息子が私に書き残した最後の言葉が、「世界は目に見えるものだけでできているんじゃないんだよ.」でした。
そんな考えを持っていることに全く気付きませんでした。
亡くなってからその意味を考え続ける毎日です。母子2人きりの暮らしで私が息子を溺愛していたことを息子は知っています。この先も私が生き続けていけるように残してくれた言葉だと思います。
確かに、自分に見えないから、聴こえないから、存在していないと断言するのは乱暴だと思います。
息子は私と違って考え深い子でしたから、それはきっと真理なのだと思います。
ようむ
2013年11月25日 20:42
ご子息様、お気持ちを書いていらっしゃるんですね。うちの子は遺書もなし。(薄情なものです)でも、亡くなってから、いろいろと不思議なことがありました。思い込みと言えばそうなのかもしれませんが。夢で、机のひきだしを探っているのが見えて、実際に部屋の机のひきだしを開けてみたら、私がどこにいったんだろうと思っていたコップが、小物入れみたいに使われて入っていました。「返しそびれた」から教えてくれたみたいに。

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