エーミール観の変遷 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」

ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」。
中学のとき教科書で読みました。
それは私にとって40年以上前のことですが、
この作品、
いまだに、中学校の国語の教科書に載り続けています。

お仕事で、何度もこの文章を素材に
国語の問題を作ってきましたが、
かの「模範少年」エーミール君の扱いが
指導書の年代によって若干違いがあるような……。

私が中学の時は高度成長期まっさかりで
戦後のパラダイムチェンジの影響もあったのか、
エーミール君は非人間的な部分を強調され
とんでもなく「悪者」扱いだった気がします。
人間らしい感情を素直に出すことが
その時代の価値の中心だったからなのでしょう。

バブルが弾けた後、
ちょっと違ってきました。
といっても、風当たりが弱くなったくらいで
まだ主人公の「少年」に同情的な読みが
主流ではあったように思います。

このごろは、
他の人物の立場で読んでみようという方向性が出てきました。
「母」や「エーミール」の視点でできごとをとらえたら
どう読めるかな、的な問いかけが出てくるように
なりましたね。

よいことですね。

この物語は、
大人になった「僕」が友人宅でちょうの収集を見せられ、
自分の少年時代の暗い思い出がよみがえり
それを語る、という設定で始まります。

「僕」は少年時代、熱烈なちょうの収集家。
隣家の模範少年のエーミール君も同じ趣味の持ち主でした。

エーミール君は「非の打ちどころがないという悪徳」を
持っていて、「僕」はねたみ、嘆賞しながら彼を憎んでいました。

「僕」はある日、
エーミール君がさなぎからかえして
展翅版に留めていた美しいちょうを盗み、
その際、隠すためにポッケに入れたばかりに
「だいなし」にしてしまいました。
その日のうちに白状して謝り、
償いに自分の大事な収集を差し出すと申し出たのですが
エーミール君は
「結構だよ。僕は、君の集めたやつはもう知っている。
そのうえ、今日また、君がちょうをどんなに取りあつかっているか、
ということを見ることができたさ。」
と言いました。
「僕」は「悪漢」と決まってしまい、
エーミール君は
「世界のおきてを代表でもするかのように、
冷然と、正義を盾に、あなどるように」立ち、
「僕」を「ののしりさえ」せず、ただ眺めて「軽蔑していた」んですね。

あまりにも侮蔑的な態度に、「僕」はもう少しで
相手ののどぶえに飛びかかりそうになるほどの
気持ちになるのですが、どうしようもない。

物語のラストは、家に帰り、自分の収集したちょうを
全部、指で粉々におしつぶしてしまう「僕」の姿です。



「僕」は大人になってもこれを暗い思い出として持ちつづけてしまうわけです。


「誰にでも過ちはある」という視点で読めば
「僕」に同情が集まります。

でも、同情されても「僕」は救われない。

「僕」が救われるにはどうしたらよいでしょう。

このごろ、やっと気づきました。

「僕」はエーミール君に「感謝」すればいいんですよ。
そして、相手の大切なものを損なってしまったことを悔いる。
自分が罪を犯したことを悔いるのではなく。

相手を悲しませたことを悔いる。
自分が相手に与えてしまった痛みを、なんとか償いたいと思う。
「相手」を思う。
それが「申し訳ない」ということです。
作品の中の「僕」は
エーミール君の気持ちを考えていない。
自分のことだけで頭がいっぱいです。

子どもだったんだから
仕方がないですが。

「僕」はエーミール君にとてもひどいことをしました。
にもかかわらず、
エーミ-ル君は少々の皮肉を言うくらいで
「我慢」してくれているんです。
激することなく、
「ののしり」もせず、「代償」も要求せず。

「冷然」と見えたかもしれないけれど
「冷静」であることに変わりはありません。
煮えくり返るはらわたを、彼は、必死でおさえていたんだと思いますよ。

怒鳴ったって、わめいたって、
一度だいなしになったちょうは元にもどらない。
「僕」を殴っても、事態は改善しない。
この上なく大事だけれど、でも、たかが「ちょう」だとも、
わかっているんでしょう。
だから、ただ立っていたんです。


それは、人間として「えらい」ことじゃないんでしょうか。
冷たく描かれていますが、彼は許していないわけじゃないんです。

「僕」は相手のそこを承認すればいいんです。

怒りを、悲しみを、必死でこらえてくれたエーミール君の心情に思いをはせ、
「本当にすまなかった」と思う。
そして、「僕」をただ軽蔑するくらいですましてくれたことを
「彼はやっぱり凄いやつだったなあ」
「ありがたかったなあ」と振り返ることができれば
「僕」はたちどころに救われる。

自分のプライドとか
劣等感とかにとらわれず、
ものごとを虚心坦懐に見てごらんなさい。

エーミール君に感謝できないなら
「僕」はいつまでもお子様のまま。


エーミール君がひとを小ばかにするのは
たしかに悪い癖だけれど
それも「人間的」な面として見てあげればいいでしょう。
ものすごく厳しい親に育てられたからそうなったんだろうな、
と思えば、彼も気の毒に見えてきます。


別の視点から見る。
相手の気持ちになる。
「救い」への扉を開く鍵の一つです。











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この記事へのコメント

けけ
2014年09月07日 23:50
くく

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