死んでほしくない理由

鬱病の人にとって、死が身近なものなのはわかります。
衣服を脱ぐ程度に、気軽な感じなのはわかる。
「衝動」というよりか「気分」なんだと思う。
でも、死んではいけません。
本っっっ当に、取り返しが付かないから。
鬱病の人は、優しくてまじめです。
とてもよい人格の持ち主です。
それなのに、自死すると、
卑怯でワガママで愚かな人物として
その人生が終わってしまう。わたしには
それが、とてもとても惜しい。

死にたい人にとって
現実に属するものは全部無価値に感じられると思う。
親の嘆きも、兄弟の悲しみも、友人が背負う罪悪感も。
自分の死によっておきる周囲のつらさが、
たぶんその瞬間、思い浮かばない、のかな。
わたしは拒食症が入っていたせいか、
親に飼われて成長した自分の体が忌まわしかった。
その頃は、呼吸するのも心臓が動くのも嫌だった。
でも、鬱病だけの人はどうなんだろう。
親の忌まわしさってあるのかしら。
で、自分の身体が忌まわしい感覚ってあるのかしら。
そこは、わからないけれど。
ひょい、って、、、やらないでね!

人格の話でした。
自死は、つまりはつらさから逃げたかったため、と
世間には見えてしまうので
可哀想だとは思っても、自殺すると、結局
弱く、周囲を顧みず、
楽になりたいという自分の利益だけを
追求していった無責任人間と
考えられてしまうのです。
生きているときは全然そうじゃない人が
そんなふうな人格として終わってしまうのが
わたしは残念でしかたがない。
死んでしまえば本人には
自分の人格がどう見えようと
関係ないと思うかもしれないけど。
関係あるかもしれないじゃない。
ジゴクとかあったらどうするんだ?
死ねば全部消えるというのは幻想、妄想、思い込み。
無になるという根拠は何だ? 目がなくなるからか?
科学的ですね。 
そいつの是非は疑わないのか。

自死は殺人です。
生を営む肉体を殺してはいけない。
自死した遺体は惨めです。
親の欲目で見ても。あれはだめだわ。
二男は、もっとずうっと、かわいかったのに。
体の主に裏切られ息の根を止められた
凄惨な死体になるのはやめましょう。
不調なのは脳のほんの一部分だけで
ほかのところは健康なのに、
一生懸命生きている身体を
無理やり殺すなんて、本当にヒドイわ。
素敵な人だったあなたに
そんな傲慢な殺人者になってほしくない。

(あれは、精巧なレプリカだと思い込むことで
精神の平衡を保っていた時期がある。
今でも半分くらい、そうかな。
大学所在地のアパート自室で亡くなったんで
迎えにいったときは警察で納棺してもらった後
だった。警察の方にはお世話になりました。
担当してくださった方々は、
心づかいが細やかで、本当にありがたかった。
だけど、自宅で亡くなった方の場合は
納棺前の段階から見なくてはいけないから
壮絶すぎると思う。
ついでにいえば、アパートで自死すると
後の借り手がつかないんで、
その後の家賃の補償を請求されます。
電車に飛び込んだり、
ヘリコプターが出動するような死に方をすると
その金額は途方もないらしいです。
だれがそれを負担すると思っているんだね。
それは、親兄弟なんですけど。)

自分の人生や命って、
ほんとに自分のものなのかな??
君にあげる、好きにしていいよ、って
いつ、誰に言われたんだ?

人の死が悲しいのは
その人に棄てられたということだからです。
永久に。切り捨てられた。
それは自分には関係がないと思ってるんだろうな。
いやいや、それこそが望みなんだろうな。
優しかったあなたが
そんな冷酷な人物として終わるなんて寂しい。
別に何をして欲しかったわけじゃないけれど
こちらの存在自体が顧みられなくなるわけだからさ。
それはこちらの存在の絶対的な否定なんです。
ヒリヒリする。心が。

自死は法律上、罰則がないから罪ではないと
思っているんでしょう?
加害者=被害者、被疑者死亡につき立件なし。
確かに現実ではそう処理されるんだろうけど、
自殺幇助が罪になる以上、自死も「悪」には違いない。
罪ということに関して言えば、
ずっとつらかったあなたは、知っているはず、
この世で一番重い罪は、
人の心を踏みにじることだ って。
死んでしまうことで
あなたはそれを犯してしまう。
あなたの身近な人たちの心を蹂躙し
引き裂き、ボロボロにしてしまう。
もし、それが目的なら、十分すぎるほど達成できますよ。
でも、そのつもりがないのなら、あるいは、
迷惑をかけたくないから死のうと思っているなら。
大事な人たちの心を再起不能に蹂躙する大罪を、
死んだあなたに、償う機会は絶対にない。
許されないのは、その罪なのに。
それでも、どうでもいいですか?

現代の日本は、
人の心を踏みにじることなんか罪と
思わない阿呆なニンゲンたちで
満ち溢れている国だけど、
そうでない人も、ちょぼちょぼ、いるの。
人の気持ちが分かる人は、世の中に、
「分かる人」が、できるだけたくさんいてほしいの。
もともと優しくてまじめて、
病気になってさらにつらさを味わい尽くしているあなたは
確実に「分かる人」。

見捨てないであげて。
あきれるほどに阿呆で、
人の心を分かるなんて超能力だくらいにとらえている、
心の罪を感じる能力を持たないニンゲンたちの中で、
一握りの、でも、確かに存在する「分かる人」たちを
どうか見捨てないで。

死にたいのは、そういう気分になる病気だからです。
あなたが、死にたがっているのではない。
死なせたがっている何ものかに操られて、
いけない扉を開けないで。

そいつの正体がわかればねえ。
その病気って、なんでそんな気分になるんだろうね。
世の中が理不尽なんだよ。物凄く。
あなたは全然悪くない。

二男の雑記ノートに
「死ぬのは英断だろうか」と書いてあったのを思い出し
愚行だろうがよ!!
と、思いっ切りいきり立ったのをおさえながら、
冷静に反論してみました。

今日も、お疲れさまでした。






















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