人間、大事なのは筋肉

新聞を配達してくださる方が毎月集金にも来られます。私よりだいぶ年配の女性の方で、ご主人が脳梗塞を起こされ介護なさりながらの新聞配達です。大変な毎日なのに頑張っておいでで、頭が下がります。「よく歳を聞かれるんだけど、言わないようにしている」と笑って言われます。その方との会話で、先日「人間、筋肉が大事」ということで一致しました。「毎日、動いている分だけ、筋肉は残る」

動けなくなった老父母を見るにつけ、思います。
人間、最後に頼るべきは自分の筋肉だな、と。

老父(85)は加齢のほか肺気腫もあり、
動くのがきつくなったのでしょう。
寝て過ごしてばかりいるうち、
すっかり衰えてしまいました。
スポーツマンだったのに、
もう歩くのもおぼつきません。

老母(82)は老人性怠け病。
歳だから、やる気がない。
歳だから、動くのがきつい。
そう言って、
脊椎管狭窄症と自称して同情を引き、
日々の掃除や買い物をひとまかせにした結果、
どんどん動けなくなっています。
今では二軒先のお店に下着を買いに行くのも
「大仕事」だそうです。
数年来、足腰が痛いのをアピールするために
ガシンガシンと大袈裟に杖をついていたので
肩に負担がきていたのでしょう、
近頃、ちょっと手を伸ばしただけで
腱板を傷めたらしく、腕も痛がっております。
腕を後ろの方にあげると痛いらしいです。
だから、やかんに水を入れるのも
わいた湯をポットに入れるのもできないと言い張って
毎朝ひとにやらせます。

動かないから、筋肉が落ちて動けなくなる。
動けなくなるから、ますます動かない。

悪循環。

出歩くことがなくなり
呆けモン進化もやむところがありません。

二人とも、このまま、老衰でいいんだと
思っているようです。


衰えてからが長いんだけれど。
そこのところへは考えが及ばないらしいです。

自分は動けなくなってもいい、
どうなってもいいと言いますが
ワガママです。
ひとが面倒を見てくれると思って甘えているだけです。


何歳になったって、
自分のことは、できる限り、自分でやってもらいたい。
できることを「きつい」と思ってやらなくなってしまうと
心身ともに衰えが始まります。
骨も皮膚も加齢で傷んできますが
筋肉は鍛えれば何歳でもつくそうです。
きつくても、動かせるなら、動かさなくては。

特別な運動が必要なわけじゃないと思います。
毎日の暮らしの中での動作をちゃんとやるだけでいいはず。
ふとんの上げ下ろし。着替え。掃除。
毎日、さぼらずに動かしていれば
その分の筋肉はなくなりません。
日々さぼらなければ、いつまでも自分の筋肉で暮らせます。






      筋肉

     使わなければ なまる
     使い過ぎれば いたむ

     中庸を好む
     自然の一部





  *「筋肉」の詩は自作です。










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