「本当の自分」って? 2017年紅白の感想

2017年NHK紅白歌合戦。「夢を歌おう」というテーマだったせいか、似たような内容の歌にかたよっていましたね。目立ったのは「本当の自分」という言葉。「本当の自分に逢う」とか「本当の自分を探す」とか。自分の思いのままに、とか。

うんざりなさいませんでしたか?

土居健郎先生のご著書を初めとし、日本文化論や日本人論が華やかだった1970~80年代、「本音と建前」というフレーズがもてはやされておりました。
今「建前」なんていうと気恥ずかしいほどだと思うのですが
「本当の自分」を求める楽曲がこんなにも多いということは
若い人たちの間では「自己の抑圧」がものすごく強いってことなんでしょうかね。

日常の場面場面で、周囲に合わせて暮らしているから、
「本当の自分」になりたい、と思う、ってことなんでしょう。
それで、
「本当の自分」になるのが「夢」、ってことなんでしょう。

それって、何ですか?
つまりは、
自分の欲求のママにふるまいたいってことなんでしょうか?

野蛮に見える周囲の他人どもに
理不尽に抑圧されている自分を解放したい。
……そういうことですよね?

それって、
自分も野蛮になりたいってことですよね。
野蛮な他人は「迷惑」だから、
自分も野蛮になって他人に迷惑をかけてみたいってことです。
  ↓
野蛮になると、幸福なんですか?
自分の欲望のままにふるまうと「しあわせ」になれるんですか?
  ↓
そりゃあまあ、一瞬の快楽は得られるでしょう。
でも、
それが「夢がかなう」ってことになるんでしょうか。

「夢」ってのは具体的に描くものです。
「本当の自分になる」なんて抽象的なものではなく。

●世界記録を出したい
●人を救う職業に就きたい
●人の心が穏やかになる作品を作りたい
●世界から戦争をなくしたい
●他人の気持ちを害さない人間になりたい

「現実」は具体的な事物で成り立っているので
「夢」を「実現」するためには
まず、理論的に「実現」が可能な具体的な「行為」や「最終的な姿」を、「夢」として描かなくてはならないでしょう。
その「実現」を目指せば、自分が努力すべき項目も具体的に見えてくるわけです。
そういった努力の集積の果てに実現するのが「夢」でありましょう。

ですから、
「夢」として描く情景には、「他人」や「世界」が存在する必要があるのです。

「本当の自分」とは、たぶん、「もの思う我」のことでしょう。
そんなの、周囲に抑圧されていようがいまいが、毎秒毎秒「実在」しています。
何でわざわざ探したいの?
常にそこに「いる」のに。
いつだって「なっている」のだから
これ以上なりようがないのに。
目指すなら、
その「もの思う我」が、「情けある我」であること。

「夢」をテーマに楽曲を作る方々は
そこを誤解させないようにしてほしいと思います。
欲望に忠実になるのが「夢」だとするのではなく。

自分が住む世界が少しでもよくなるよう、
人々が幸福に暮らせるよう、
自分の力を生かすのが、夢。

そんな方向で作っていただきたいです。

「自己実現こそが幸福」なんていっているうちは
日本から自殺がなくならないように思います。
もともとある「自己」を「実現」するなんていっても
どうしたものやらわかりませんから、
まじめに考えれば考えるほど
絶望に向かってしまう……。

人生とは、つまりは、
死ぬまでの間の暇つぶしです。
その時間を
「現実世界をよりよく変えようと努力を重ねる」ために
使う時、充足感が生まれる下地ができるのだと思います。

自分以外のことに目を向ける
自分以外の人のために力と時間を使う

それを実行している人を
励ましたりねぎらったりする歌を、
紅白歌合戦では
聴きたいなあと思いました。



【1月2日追記】
歌の「本当の自分」は「才能を輝かせている自分」という意味で使っているのかも。
それは、輝いていなければ自分じゃない、という考えなんでしょうけど、危険ですよ。
生まれてきたからには才能を輝かせて幸福に生きるのが使命、みたいに思うのは
戦後の教育の悪影響にすぎません。
その考えは、鬱につながってしまうんです。

「ただ、人は情けあれ。」(「梁塵秘抄」)です。

この世に生まれて、目指すのは
スポットライトを浴びる身になることより、
慈悲や愛や情けを、心にどれだけ備えられるかってことです。










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