呆け初めの老母が怖い

老母は86歳。今の所、要介護1ですが、認知症のカテゴリーではないかもしれない部分でどんどん壊れていっています。
数週間前まで「何があっても救急車には乗らない!」と豪語していたのに、
このごろ、関心が自分の体調にしか向きません。
のどが詰まる、食欲がない(しっかり食べていても)、便秘だ、痔だ、胸が痛い、痰が切れない、のどが渇く、後鼻漏だ、肺炎かも、 大腸がんかも……。

本日は、郵便が来てたよ~と部屋に持って行ってやったら、
「さっきあんなにせき込み、痰が詰まってのたうち回っていたのに
アンタ、聞こえなかったの?」となじられました。

しょうがないからかかりつけにつれて行って診ていただきましたが、どこも異常はありません。
胸部レントゲンなんて、今日もきれいなものでした。

それでも、明日も明後日も、自分の体の不具合をどこかしら見つけて訴えるんでしょう。

怖いのは、便秘を気にして毎晩必ず下剤を飲み、
朝は「薬が良く効いてたくさん出てすっきりした」と言っているのに、
昼や午後になると「便秘なんだテ」と泣きそうな顔で訴え、
夕方、浣腸してることもあります。
「朝、すっきり出たと言ってたのに」と私が言うと
きょとんとし、「でも、詰まってるんだ」と。
便秘薬の飲み過ぎですよね。
常にゆる便が大腸にちびちびと供給され続けているから、たまってる感じがいつもするんでしょうね。

そんなにいろいろ心配なら、温泉病院の人間ドックにでも行って、
全身診てもらえば? と言うのですが、即却下。
「自分のは年寄り病気だから、病院に行ったってわからない、治らない。
切ないのは言わずにいられないし、聞くのはアンタしかいないんだから聞き流していればいいでしょ」と。

毎日毎日、哀れっぽい声で
「もうだめだテ」と。
なんでだめかと聞けば、「この一年のうちに身内の年寄りが3人(自分の兄、夫、兄の奥さん)死んだ」から、
「町内でも自分が一番年長になった(もっと年上の方、何人もいます)」から。
???
ま、つまりは老母、「死ぬのが怖い」んでしょうね。
「今度は自分だ」とおびえているんでしょうね。

いつ死ぬかわからないのは、
誰だって同じなのに。
いつどんな風に死ぬか、考えたって仕方ないのに。
有史以来、どれだけの生物が生まれて死んだと思ってるんでしょう。
みんな、ちゃんと死んでるんだもの、心配しなくたって大丈夫でしょうよ。
みんな、知らないうちに生まれてきて、知らないまま死んでいくんでしょうよ。

「アトハヨロシク、ガクン」なんて、ドラマではよくあるけれど、
死に際なんてそんなもんじゃないですよ。

日々、やるべきことを誠心誠意こなそうとしていれば
いつ命が終わっても、悔いはないっていうもんです。

自分以外のことを考えればいいのに、
もう、老母にはそれができないみたいです。

認知症は、死の恐怖を薄れさせるための天の配剤と言われますが、
老母にはその配剤のお恵みがないってことですね。

さんざん人を傷つけてきたから、
罰があたってるんでしょうね。

皆様、今日もお疲れさまです。
おやすみなさい。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

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